東京高等裁判所 昭和32年(う)2339号 判決
被告人 小橋豊太郎
〔抄 録〕
検察官の控訴趣意中事実誤認の主張について。
原判決が、本件公訴事実中第二の(一)、(二)、(三)の各売春等取締条例違反の事実につき、犯罪の証明がないものとして無罪の言渡をしていることは、所論のとおりであつて、所論は、右は、原判決が事実を誤認したものであつて、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである旨を主張する。
よつて案ずるに、昭和二四年五月三一日東京都条例第五八号売春等取締条令は、「売春婦」の意義について直接規定するところはないけれども、その第一条において、「この条例において売春とは、報酬を受け又は受ける約束で、不特定の相手方と性交することをいう。」と規定しているのであるから、同条例第四条にいわゆる「売春婦」とは、報酬を受け又は受ける約束で、不特定の相手方と性交をする婦女をいうものと解するのが相当であつて、たとえ、その婦女が他に職業を有し、それによつて相当の収入を得ている場合であつても、その結論を異にするものではないといわなければならない。次に、同条にいわゆる客引をなすとは、周旋、勧誘をすることを意味し、その場所の如何は、これを問わないものと解すべく、従つて、その周旋勧誘の行為が街頭においてなされようと、屋内においてなされようと、これを区別する必要はないものといわなければならない。これを本件についてみるに、原判決は、本件公訴事実中第二の被告人が白鳥社において男子を誘つて売春婦と性交することを勧誘する客引をしたという三個の事実につき、佐藤尚子こと佐藤登美子及び大西勝子の両名が売春婦であることを認める証拠がないから、他の点につき判断するまでもなく、犯罪の証明がない旨を判示しているのであるが、なるほど、右両名の婦女が、あるいは女優、あるいは旅館の女中を業としていることは、記録上明らかであるけれども、原判決挙示の関係証拠を総合考察するときは、右両名の婦女が、報酬を受ける約束で、不特定の相手方と性交をしていた事実を認め得られるのであるから、右両名の婦女は、同条にいわゆる売春婦に該当するものというべきであるし、右両名の相手方となつた八木藤雄、次田輝一、岡崎読蔵らが、前述の意味における不特定のうちの任意の一人であると認められることも、既に弁護人の控訴趣意に対する判断において説示したところによつて明らかであるというべく、被告人が、白鳥社名義をもつて内外タイムスに援助交際、結婚等の広告をして援助交際等の会員の誘引をなし、その広告に応じて同社の援助交際会員となつた前示八木、次田、岡崎ら三名に対し、同社において、前掲佐藤登美子、又は大西勝子を被援助者として引き合わせ「この人はどうですか」等と申し向け、これらの男子を誘つて右両名の売春婦と性交することを勧めた事実は、原判決挙示の証拠と押収にかかる入会申込書二枚(当庁昭和三二年押第八三三号の一)、同白鳥社規約二枚(同押号の二)、同新聞内外タイムス五枚(同押号の一二)の各存在及びその各記載等とを総合することによつて優にこれを認め得られるのであるから、本件公訴事実中第二の(一)ないし(三)の各売春等取締条令違反の事実も、また、原裁判所で取り調べた証拠によつてその証明が十分であるといわなければならない。そして、記録を精査し、当審における事実取調の結果をも総合して検討考察してみても、右認定が誤つているとは考えられないから、原判決は、ひつきよう所論指摘のように、売春婦の意味を誤解し、証拠の取捨判断を誤つた結果、事実を誤認したものというべく、その誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決中無罪の部分は、この点において到底破棄を免れない。論旨は理由がある。
(中西 山田 鈴木良)
註 本件は、第一審判決が公訴事実の存在を確定していないのに、控訴審が何ら事実の取調をすることなく、訴訟記録及び第一審裁判所において取り調べた証拠だけで公訴事実の存在を確定し、有罪の判決を言い渡したのは違法であるとして最高裁判所において破棄差戻になつたものである。なお当判決時報七巻十二号四六八頁参照。